I(U)ターン経験者に訊く⑤2019.02.04

小野 舞(32歳)
兵庫県明石市出身
トレーニングセンター9期生 (http://toyooka-hosei.com/
(株)羽倉 (http://hakura.jp/

買い物をする時など、
「本当にいいものとは?」 ということを考えるようにもなりました

株式会社羽倉は主にランドセルの製造を行なっている。豊岡鞄に認定されたランドセルだ。
取材におじゃました2018年年末は、今春の納品に向けて作業場フル回転の時期。けれど、明るい作業場には若手も多く、繁忙期の殺伐とした雰囲気は皆無だ。そんな中、来シーズンに向けての新作デザインを見せてくれた小野さんの顔が忘れられない。「私もすごく気に入っているんです」と、まるで自分がデザインしたかのように嬉々としていて、こちらまで嬉しくなってしまった。地元の人々との輪を広げながら公私ともに充実の日々を送る彼女は、かばん作りに関わるようになったことで、いろいろな物事に対するそれまでの価値観も変わってきたと話す。

──ご出身はどちらですか?
小野:兵庫県の明石市です。

──豊岡にはどのような経緯で移住されたのですか?
小野:こちらに来る前は神戸に住んでいました。主人が「かばんを作る仕事がしたい」というので色々調べていたところ、豊岡の名前が出てきたんです。
未経験者でもトレーニングセンターで縫製が教えてもらえて、仕事に就けるシステムが出来上がっているというので、ちょっと行ってみようか、となりました。なので、主人が先に豊岡に来まして、その1年後くらいに私がついて来たという感じですね。

──旦那様がこちらにいらしたのは、いつ頃ですか?
小野:5年くらい前です。

──奥様である小野さんとしては、旦那様からかばん作りの話をされた時、すぐに受け入れられましたか?
小野:最初は少し戸惑いました。でも同じ兵庫県内ですし、城崎には旅行で何回か来たことがあり、すごく綺麗なところだったので、いいんじゃないかなと思いました。

──豊岡に来る前は、それぞれどのようなお仕事をされていたのですか?
小野:主人は建築現場関係の調査をしていました。私はフリーターです。

──旦那様は、もともと“ものづくり”にご興味があった、ということなんでしょうか?
小野:そうですね。高校は被服科を出ていまして、ミシンにも少しは馴染みがあったようです。

──小野さんご自身はいかがですか?
小野:小さい時からものを作ることは好きでした。人形の服を作ってみたり、ぬいぐるみを作ってみたり。縫製 に限らず、お菓子を作ったり。でもそれを仕事と結びつけて考えたことはありませんでした。
主人がトレセンに通いだして、その話を聞いているうちに、だんだん自分も仕事として興味を持ち始めた感じですね。当時、まだトレセンに通う前、私が豊岡に遊びに来た時にはアルチザンで実施していた革小物作りの体験もやらせてもらいました。ふたりで同じことをすることが楽しかったし、同じ仕事をしていれば共通の話題も増えていいかなとも思いました。

──実際に通い始めたトレセンは、どうでしたか? 
小野:思っていた以上に楽しかったですね。最初は、「仕事に就くために頑張って覚えなくちゃ」と肩に力が入っていたんですけど、行ってみると未経験者の集まりで、「ライバルや!」というのではなく、みんな「仲間として頑張っていこう!」という一体感があって、学生時代に戻ったみたいな楽しさがありました。


「トレセンは思っていた以上に楽しかったです」

──こちらの会社への就職は、どのように決められたのですか?
小野:トレセンの期間はインターンを入れて3ヵ月でした。
インターンは、1社につき3日間で合計5社を回りました。そのうちのひとつがこの会社です。
一緒に仕事をさせてもらった時、「これから若者が頑張っていこう」という活力を強く感じ取ることができたんです。

──御社ではランドセルをメインに作っていますが、 小野さんが手がけているのは行程のどの部分ですか?
小野:最近は製造するランドセルの数も、作り手の数も増えてきたので、社内的に作業を細分化しようとしています。
私は、まずはパーツを極めていくことになっていて、現在はショルダーを担当しています。ステッチもあるし、よく見える部分なので難しいパーツですが、やりがいもあります。


手際よくパーツを完成させていきます。

──この仕事をやっていてよかったな、と感じるのはどんな時ですか?
小野:地元を遠く離れて暮らすのは初めてのことで最初は不安もありました。でも、トレセンに通って、そこで出来た友達がそれぞれの会社で働きだして、今度はその会社の話を聞かせてもらえたり、かばんが好きな人たちが集まってご飯に行ったり、どんどん輪が広く深くなっていくのはいいですね。かばん作りをしていなければ、出来なかった経験だと思います。

──かばんの、どんな話をするんですか?
小野:すごくマニアックですよ(笑)。例えば、普通に買い物に出かけても、かばんを見つけたら中を開けて覗き込んで、「ここはこんな風になっているのか」とか、見ちゃいますね。縫い方が粗かったり、糸始末が適当なものもあったりするんです。
以前は気づかなかったことにも気づけるようになったので、「本当にいいものとは?」ということを考えるようにもなりました。だから、神戸にいた頃には時々あった「ストレス発散のために買い物するぞ!」という気持ちも、なくなりました。いいものを持ちたいし、食べ物に関しても「この土地で作っているものを安心して食べたい」という気持ちになりましたね。

──かばん作りに関わるようになったことで、ご自身の価値観が変化してきたんですね。
小野:そうですね。かばんに限らず、作り手の気持ちを考えるようにもなったと思います。

──今、豊岡鞄を全国、世界に広めようと各社皆さん、PR活動に努めていますが、小野さんから見た豊岡鞄の魅力はどんなことでしょうか?
小野:豊岡には昔からかばん産業があり、人々に経験があるという点でしょうか。何十年もかばん作りをされている方がたくさんいらっしゃるので、そういう“作り手の存在”をアピールしていけたらいいと思います。私自身もそういう経験豊かな方を見て、刺激を受けています。

──究極のランドセルとは?
小野:ランドセル業界、かなり色々なランドセルが出てきていると思うんですけど、見た目の派手さで他の会社との差別化を図っているというか、見た目勝負なイメージがあります。見た目も大切ですが、より専門的な部分、縫いだったり、強度だったり、細部にわたった丁寧な仕事も見ていただきたいですね。


作業場のあちらこちらに置かれた様々なパーツ。

──豊岡での暮らしはどうですか? 楽しんでいらっしゃいますか? 同じ兵庫県とはいえ、太平洋側と日本海側では気候も随分と違いますよね。
小野:全然違いますね。ここは雪国だな、って(笑)。びっくりしました。こちらの人はみんな「また雪が降る」って嫌がりますけど、私は毎年雪が楽しみなんです(笑)。
会社には自転車通勤していて、雪が降れば徒歩で来ます。車の運転をしないので、駐車場の雪かきをしないこともありますけど、雪が降ってきたら「綺麗だな」って見ちゃうし、積もっているところを見るとテンション上がっちゃうし、まだまだ「雪は大変」と思わないで暮らしています。

──休日は何をされて過ごしていますか?
小野:夏は竹野の海に行ったり……日本海、すごく綺麗で感動しました。冬も、瀬戸内海にはない荒々しさがすごいなと思います。自然との共存感も強いですね。円山川沿いをドライブしていると、カモがたくさんいるんですけど、そのカモがすごく可愛いんです。鹿の声が夜中に聞こえてきたりするし、(ここで暮らしているのは)人間だけじゃないな、と思います。

──神戸に帰省した時など「都会はいいな」という気持ちになることもあるのではないですか?
小野:ショッピングだったり、地元に友達がいたり、やっぱり神戸はいいな、と思うことはあります。でも、神戸には神戸の良さがあるように、豊岡には豊岡の良さがあるので、ふたつを比べることはできないと思うんです。

──将来的に持っている夢や目標はありますか?
小野:主人とは、一緒にオリジナルのバッグを作ってみたいなとは思っています。豊岡に住んでみたら、みんな親切だし、人と人の距離が近いんですよね。だから、豊岡を盛り上げたい、というか。ブランドを立ち上げるにしても、豊岡の一員として密にこの町のかばん産業に関わっていけたらいいなと思います。

──恩返しのような、地域貢献ができたらいいな、ということですね。
小野:そうですね。

──Iターンの経験者として、Iターンを迷っている方にアドバイスをするとしたらどんな事になりますか?
小野:知らない土地に行くには、心配事もあると思うんですけど、意外とできちゃうものです。私の場合は周囲の人が気にかけてくれたり、サポートしてくれたり、深くつながりを持っていただけたこともありますが。近所の方にお野菜を頂いたりすることも頻繁にあります。
今住んでいるアパートは2棟あるんですけど、年に1回みんなで集まってバーベキューして情報交換したりします。豊岡以外から来られた方は住人の2割くらいだと思いますが、地元出身の人が「もう慣れた?」とか気軽に声をかけてくれたりして。会社のみんなも気遣ってくれますね。今日も私の家でおでんパーティをすることになっているんですよ(笑)。


自慢の自社ランドセルをバックに仲間たちと。

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