人材育成の現場に訊く①2019.03.05
紙谷芳明
アルチザンマネージャー(豊岡まちづくり株式会社)
公式HP(http://www.artisan-atelier.net/)
まずは適性よりも意欲
どれだけ意欲を持ってかばん作りに臨めるか、です
『トヨオカ・カバン・アルチザン・スクール』は、2019年4月から6期生を迎える。豊岡市や兵庫県鞄工業組合協力の下、豊岡まちづくり株式会社が運営するかばんのエキスパートを養成する専門校は徐々に認知度を高め、生徒の大半が豊岡市外出身者だという。1年間、かばんの町でかばん漬けになってかばん作りの基礎を学ぶ学校とは、どんなところなのだろう?
取材当日、まずは授業風景を見学させていただいた。一つの作品を約 2 週間で制作するカリキュラムで、一人年間22〜23本のかばんを制作する。例えばリュックサックが課題になると、自分が作りたいリュックをデザイン、スケッチして、実寸大の図面を描いて、型紙も最初は自分の手で切っていく。卒業間近の12月頃になるとCAD(パソコン)の操作を学ぶ。CADはプロッターという裁断機と連動させているので、それで簡単に型紙を作ることができるのだ。が、「そんなに便利なものがあるのに、なぜ手断ちをしなくてはいけないの?と思われるかもしれませんが、基本は手断ちなんです。基本ができないとCADも使えません」と話すのは、講師の竹下嘉壽氏。「かばん作りには、形のないものを形にしていく楽しさがあります。ここは、ものづくりがしたい、かばん大好きという生徒さんばかりなので、熱中し出すと声も出なくなります。私がひとりで喋っているようなことが多々あります」と笑う。
スケッチの課題でプラダのリュックに取り組んでいる青年にも話を聞いた。「スケッチすることで立体的にものを捉え、どうやって縫っていくのかなどを考えます。自分以外の人にもわかりやすいスケッチを描かなければなりません」。そう話してくれた大阪出身の山科さんは、父親が定年を迎え、家族で記念旅行に来た際に立ち寄ったコウノトリの郷公園(豊岡市内)でアルチザンのチラシを見つけたのが入学のきっかけだったという。昔から“ものづくり”には興味があり、前職を辞めて、ものづくりに関われる仕事を探していた最中のことだった。「難しいけれど、楽しいです。自分の手で1から10まで考えて作り上げていく達成感を味わっています」と、明るく応えてくれた。
あまり授業の邪魔をするのも申し訳ないので、場所を変えてマネージャーの紙谷さんにスクールのあれこれをうかがうことにした。
──1年間、カリキュラムがぎっしりなんですね。
紙谷: かばん漬けの毎日です。私どもは、豊岡の鞄作りの職人として最低限習得してほしいことをカリキュラムに乗せているのですが、その結果、水曜日と日曜日だけが休日で、祝日はしっかり授業をするカリキュラムになってしまいました。ですからGWなどはありません。
──例えば、ご家族で豊岡にいらっしゃる方もいますよね。その場合、アルチザンではどの程度のケアをしていただけるのですか?
紙谷:住むところは、まずシェアハウスを用意しています。豊岡市や豊岡K-Site合同会社の協力を得て、、4 部屋、4 名分だけですが確保しています。こちらは 単身者用ですが、家族移住の方には、豊岡市さんから、改装した市営住宅を就学期間の 1 年間だけに限り安価でご提供いただいています。現在、そこに一家族入居しています。他の家族や生徒には、不動産業者さんにお願いして何らかのサービスや特典を提供していただいています。
──地方から来て、鞄を学んでいる若い人たちを実際に見て、どんなことを思われますか?
紙谷:生徒たちは、鞄に魅せられて、まったく縁も所縁もない豊岡の地にカバンを勉強するために来ています。将来の豊岡の鞄産業を背負っていく人材ですので、大変頼もしく思って見ていますし、若い方たちが集まっていますので、活気があって街を元気にしてもらっています。
──2019年4月に始まる授業に参加する場合、生徒さんはどれくらいの時期に決まるんですか?
紙谷:2018 年 9 月〜11 月くらいまでの期間で、最終的に面接によって決めています。
2017 年 12 月〜18 年 8 月ぐらいの間に、生徒は資料請求の後、スクール見学に来ます。最初に願書を送ってくる生徒もいますが、入学してから自分の想いと違った場合、生徒もスクールもみんなが不幸になるので、とにかく一度見学に来るように勧め、見学が終わった段階で願書を受け付けて良いかどうかを聞きます。
見学では、時間をかけて色々な話をします。スクールの設備や 1 年間のカリキュラムの内容、技術的に奥が深く 1 年間ではまだ販売できるようなレベルにはいかないこと、独立希望であっても企業に就職して技術のレベルを上げる必要があること、就職活動の工場見学からインターンまでの一連の流れ、産地での就職することの意味、そして最後にショップで販売している完成した綺麗な鞄を見てもらい、「これからは見るのでなく、あなたが作るのですよ」と締めます。
──みなさん、時間をかけて準備をされているということですね。心の準備も含めて。
紙谷:そうですね。入学の 1 年前から準備されて、入ってきます。皆さんは、鞄や鞄づくりへの想いがとても強いです。
──入学試験もありますよね?
紙谷:筆記試験はありませんが、面接試験をします。そこで適性というよりも、生徒の意欲を確認します。どれだけ鞄や鞄づくりに意欲を持っているのかということで合否を決めます。
──生徒から相談を受ける内容や悩み事は、どんなものが多いですか?
紙谷:昨年度までは、5 月の連休が終わった頃に個別にミーティングを行い、生活の様子や悩み事を聞くようにしていたのですが、今期からそれを 4 月の 2 週目が終わった頃に早めました。2017 年度にGW 前から登校できなくなった生徒がいましたので、その反省からです。個別ミーティングでは、涙流しながら、「ついていけないです」という生徒がやはりいました。
──そういうときはどんなアドバイスを?
紙谷:「先の見えない終わりまで我慢しなさい」とは言いません。「次の段階までちょっと頑張ってみよう。ここまで頑張ってみよう」と少し先までの期間を区切って励まします。特に最初の頃は、ミシンがしっかり踏めない、小さいポーチが作れないというようなことですから、少し進んで後ろを振り返れば必ず解決しています。そしてそれを乗り越えると、また次にも悩みが……という繰り返しにはなりますが、経験値が増加することによりスムーズに進むようになります。
──授業は朝から夕方までですね?
紙谷:はい、9 時から18 時までです。
生徒たちが日夜かばん作りに励む教室。
──休み時間は?
紙谷:お昼は 1 時間の休憩がありますので、弁当やコンビニ、外食など個々に昼食を摂ります。作業の合間にも少しずつ休みが取れるようにはなっています。
──座学もあるんですか?
紙谷:あります。課題が変わって、新しいものを作るときや新たな道具を使うようなときには、必ず座学があります。それともうひとつ、革を初めて扱うときです。それまでの帆布の素材から革素材へと移行しますので、取り扱いが大きく変わるからです。
その他、最初の頃は革包丁の研ぎ方、ミシンの扱い方も座学から勉強しますし、スケッチも、東京から先生を呼んで教えていただいています。私どもの先生で出来ないところは、専門の先生を呼んでいます。
──最初に制作するのがポーチなんですね。
紙谷:そうです。まちなし、まちありのポーチ辺りから制作が始まります。制作後には、テストをします。これを 3 時間で作りなさい、というようなテストです。
──えっ! この時点ですでに、みなさんできるんですか?
紙谷:できます。速い人は 1 時間半くらいで終わらせてしまいます。ポーチの次はショルダーを作成します。素材は、当初すべて帆布です。こんな形で、基本的に 2 週間で 1 本制作していきますが、習得度を確認するために、区切り毎にテストを実施しています。リュックサックを制作する頃から少しレベルが上がりますので、期限に間に合わない生徒も出てきますが、遅れても待ちません。遅れた分については、夜間とか休みの日に作業を行います。
──革の取り扱い方がわからなければ、かばんにも使えないですよね。
紙谷:6 月末から 7 月初め頃になると革を扱うようになります。革は種類も加工方法もたくさんあるので、最初に座学で特性や扱い方を教えていただきます。ちょうどこの時期に、皮革を製造されているメーカーさんが当地で展示会をされます。3社ほど来られますので、生徒全員で見に行きます。そして、10 月から11 月に、皮革の産地である兵庫県たつの市・姫路市のタンナーさんを3 社程見学に行きます。
革を扱うようになると、最初は一部に革を使ったビジネスバッグやボストンバッグなどから始まり、 最終的には全部革を使用したオールレザーの鞄へと移行していきます。
「1年勉強しただけでは、“売りもの”はできないんですよ。その現実は、来たときにはっきりと示します」
──就職を考えなければいけなくなるのは、どの時期からですか?
紙谷:6月頃になると生徒たちは、少し縫えるようになってきます。そうした頃に、企業さんの工場見学をします。最新の設備を備えた会社から、1本ものを丁寧に作られている会社まで、材料製造会社なども含めて、1 日かけて異なるタイプの工場を 5 社見学します。
訪問先には、アルチザンの先輩がいますから、彼らがどんな立ち位置でどんな仕事をしているのかを意識して見るようにさせています。次に、 7月末〜8月初め頃に、社員の採用を考えている会社やアルチザンの生徒に興味のある企業さんを募って会社説明会を開きます。生徒たちは会社のことを聞くだけではなくて、自分の経歴や作品をペーパーに落とし込んだプロフィールを作成して、自己 PR をします。2018 年の場合は、12 社に参加していただいたので、12 人が各社 10 分程度面談して、企業と生徒をお互いにマッチングさせながら、インターンに送るようにしています。
わからないところ、できないところは、お互いに助け合いながら作業を進める。
──インターンはいつ行なわれるのですか?
紙谷:9 月です。2週間で 3 日ずつ4社を回ります。
──会社を決める時は、生徒さんの要望が優先されるのですか?
紙谷:もちろんです。今年は、ここを卒業した後、もっと革の勉強がしたいからとドイツに行く生徒もいますが、12 名中 10 名の生徒が豊岡に残り、豊岡の企業に就職することになりました。全員最終的に自分が希望する企業に就職が内定しましたし、生徒の希望が最優先されます。
黙々と集中して作業を進める。
──定員12名という枠を広げるご予定は?
紙谷:2017 年度(昨年度 4 期生)までは募集定員を 10 名としていましたが、2018 年度(今年度 5期生)から 2 名定員を広げて、12 名にしています。今後どのように持って行くかは不明ですが、毎年継続してある程度の人数を各企業の企画部署に採用していただくことが必要ですので、それらを考えると、豊岡の規模感からするとこれが限界ではないかなという想いもあります。
ここに来る人たちは、ほとんどが独立したい、会社を経営したい、自分のブランドや工房を持ちたいという人です。1 年勉強しただけでは、まだ“売りもの”はできないので、企業に入ってもっと勉強する必要があることをスクールの見学に来た時に話します。就職は東京でも大阪でもどこでも良いのですが、豊岡という日本一の鞄の産地で学べる、カバンだらけの街で鞄づくりを学べるということは、あなたたちにとっても大きなメリットですよと生徒に話しています。
──ところで、この学校は、豊岡鞄のショップと同じ建物の中にあるわけですが、最近のショップの動向はいかがですか?
紙谷:ショップもスクールも「鞄を核とする街づくり」を実践するために作りました。
ショップでは、出来た当初は城崎や出石の観光客を誘引していました。特に冬場は、城崎でカニを食べたあと温泉に泊まり、翌日の昼にお蕎麦を食べに城下町出石に行かれる方が多いので、丁度その中間点の豊岡に寄っていただいていました。でも最近は、純粋にかばんを買いに来たという方が増えてきています。「日本一の鞄の産地で、お気に入りのカバンを探すまち歩き」としてカバンストリートで散策しながら鞄を買っていただいています。
リピーターも増えてきて、平日でも「鞄を見に来たよ」、「この前買った鞄が職場で好評だったので、また買いに来たよ。」と言っていただきます。それが非常に嬉しいです。
スクールと同じ建物の1、2階は豊岡鞄の店舗。各社のオリジナル・ブランド商品が並ぶ。遠方からかばんを買いに来る方も増えているという。